エンジンの咆哮

この胸の高鳴りは何だろう?命亡き者に命を吹き込む快感?
分からないがこれだけは言える。エンジン始動は燃える(いろいろと)。

「え?」
 飛行前点検を終え、この日の作業を終えた私に先生からお達しがあった。
「じゃ今からエンジンの試運転ね」
 飛行前点検の授業の授業は今日で終わりだった。今では何も見ずに全項目をちゃんと点検できるように進歩した。時間こそ目標の40分をきることができなかったが、それでもたいした進歩である。で、明日からの授業は飛行前点検だと聞いていたが、ある状況とある状況が重なってしまい、この日私は試運転をすることになった。ある状況とは本来飛行前点検をする人が欠席し、さらにその人の次の人が遅刻したため、予備の予備であった私は試運転をすることになった。…正直心の準備ができてません。


 飛行前点検を手早く済ませ、コックピットに乗り込む。航空機のエンジン始動は慎重だ。小型で大出力を持つタービンエンジンは、とてもデリケートである。試運転のちょっとした操作ミスで使用不能になりうる。そしてヘリコプターのローターブレードは人を殺す可能性は決して低くない。安全に確実に、エンジンは始動しなければならない。そして、スターターに電力を供給するときがくる。
 機体にはバッテリーが積まれているのでバッテリーからの電力でスターターを動かすことができるが、通常はGPU(地上発電機)というものから電力をもらう。それの接続を確認。GPUの操作員と、万一の火災に対応するファイアーマンを除く人たちがローターの外にいることを確認。全員にエンジン始動の合図を出し、スタータースイッチに指をかける。スタータースイッチを押すとスターターの甲高い回転音が耳に届く。スターターによりエンジンが駆動され、エンジン回転系の指針が振れる。ある回転数に達したところでスロットルを開きエンジンに燃料を供給開始する。スターターの回転音はは燃料が燃焼される何とも言えない音にかき消される。ローターも勢いよく回転を開始し、エンジンの回転数が規定値を超えたところでスターターをカット。エンジンが自立運転を始める。実際この間にいろいろ見ることがあるが面白くないので省略。
 その後いろいろな点検を行ない、スロットルカット。一瞬にして機内は静寂に包まれ…ることもなくエンジン停止のワーニングランプがけたたましく鳴り響く中正常にエンジンが停止していることを確認するため計器を凝視。異常なく終了。


 いや、やっぱりエンジンの始動は燃える。男の子(の心を持つ)ならこれはわかるだろう。車のピストンエンジンを始動するときに胸の高鳴りと同じだ。手間は何十倍も違うけど。
 ちなみにエンジン始動中、いっそこのまま飛んで行こうか?などということは、考える余裕ありませんでした。