ベッドは一つ、枕は二つ。そして布団は二つ。

 眼下に広がる桃源郷。薄もやに包まれた現実味の無い世界がそこにはあった。幻想的な世界、そこに私は立っていた。だが、その世界は今危機的状況下に置かれていた。信じられるだろうか、世紀末覇者セーラーアッコちゃん率いるナチス政権復権をたくらむ(と言う名目の)秘密組織「旭日新聞(仮)」が静かに活動を始めていたのだ。夢のような光景だ。その組織は米日新聞(狩)と提携し、黄泉瓜新聞(刈)を傘下におこうとしていた。これに対しかねてより旭日新聞(仮)に対し敵対意識を燃やしていた弐本秘密結社(NHK)は宣戦を布告。旭日新聞(仮)本社に向け出兵を開始した。旭日新聞(仮)と米日新聞(狩)の西軍と、NHKと黄泉瓜新聞(刈)の東軍の両陣営は東経38度線を境界ににらみ合いを始めていた。それを静かに私は見つめていた。


 Trrrr…

 
 場違いな音が鳴り響く。夢のようで現実味の無い電子音。


 Trrrr…


 その音は鳴り止まない。なんだこの音は。聞いたことがあるが思い出せない。…電話、そう電話だ。携帯電話のなる音だ。だが、携帯電話は手元には無い。どこにおいたっけ、そうだ枕の横に置いていた。…枕?枕なんてどこにあるんだ?眼の前には天井が広がっている。そりゃそうだ、今私はベッドで横になっているのだから。


 Trrrr…


 携帯電話はなり続ける。夢のような気分。でも不思議だ。不自然な電子音がとても現実味を帯びていた。そうだ、伝承者と世紀末覇者のスタンドオラオラ合戦はどうなったんだ?


 Trrrr…






 起きたとき、実に清清しくなかった。何か悪い夢を見ていたのは覚えているが、それがなんだったかまでは覚えていない。そういえば昨日夜バイトで、帰ってからは部屋の片づけを終わらせ、そのまま倒れるように眠ってしまったのだった。それにしても夢の内容が気になるようでやっぱり思い出したくない。そんな目覚めの悪い朝。携帯電話をみると着信履歴が残っていたが、それを取らないほど爆睡していたらしい。そんなボケーっとした私を起こしたのは着信履歴の主からの一本の電話だった。
「もしもし」
「あ、鴎久那?夜行くから準備しといて」
「はあ?……ああ泊まるって言ってたやつね。いつ着くって?」
「だから"夜"行くからお願いね。あ、それから眠るなよ」
 ツー ツー ツー ツ−…


 …我が友ながら実にアバウト。概要を説明すると、本校の卒業式を控え、就職先からこっちに戻ってくる友人を一泊させる約束だったのだ。とりあえず夜来るってのは分かった、しかし最後の「眠るなよ」って何よ。そんなに遅いの?
 ともかく時計の針は進み、12時を迎えた。誰かがノックした。まさかと思いドアを開けると宅配便のおじさんが立っていた。さらに時間は進み、2時を迎えた。再びノック。開けてみるとまた同じおじさんが立っていた。そして6時に再びノック、開けてみても誰もいなかった。春の夕暮れのミステリー。
 既に8時を回り、そろそろ風呂にも入りたいのだがこういうタイミングに来るのが彼である。まあそのときはタイミングが悪かったとあきらめるとして入浴。風呂掃除のためシャワーの温度設定を変えたことを忘れたまま浴びてショック死しそうになる。
 夜9時、連絡が入る。


「12時には着くよ」


 …夜というか、深夜と言うか、もはや早朝と言うか。
 夜11時55分、友人到着。5分のずれで到着。強風でダイヤが乱れている公共機関を乗り継いできたくせに、こうもピッタリ来るとちょっとびっくり。
 で、いつもの節でやれ飯を出せ、やれテレビを見せろと言われ、ベッドを取られ私は地べたで就寝することに。私自身眠かったので、会話が盛り上がると朝になりそうなので強制的に消灯。が、修学旅行よろしく、男は消灯してから話が盛り上がりやすい。なんとか会話を終わらせ、静かになったと思えば友人の大きないびきに悩まされ、寝るに寝れない。まあ今日も空港でカーゴを引っ張って、その足でこっちに来たのだから疲れているのだろうから、鼻をつまむなどの防衛手段はとらない。そしてなにせ私はカーペットの上で寝ているのだから、寝心地は当然よくない。


 …眠れない。もし眠れたとしても、あまりいい夢は見れそうに無い。脳裏に、朝見たであろう桃源郷が浮かび上がってきた。