インセクトパニック

 夏、それは戦いの季節。海で、砂浜で、花火会場で、愛を得ようとする男たちの戦い。
 否!本当の戦いは人類対地球外生命体。そう、今年もこの季節になったのだ!

 時は初夏。日々上がってゆく平均気温は我々の不快度指数をみるみる上昇させてゆく。人は不快から逃れようと数多くの試みをする。体感温度を下げるため扇風機にあたり、根本的に温度を下げるためクーラーを動かし、湿度を下げるため除湿機を使い、ある人は原始的に水に飛び込む。もっとも、夏が不快だというのは何も温度だけではない。夏、それは生命を育む季節。猫はコタツで丸くならなければ、爬虫類は冬眠から目覚めている。そして、ヤツラが活動を開始する季節。


 それは日曜の夜の話。私はいつものようにアルバイトに精を出していた。日曜といっても客は必ずしも多いとは限らない。だいたい薬局に来る人などごく限られた人で、せっかくの休みを薬局で過ごそうなどと考える人はそういないだろう。もし来客したからといって私に何ができるかといえば、来客者に対し
「風邪薬のことですか?薬剤師を呼んできますので少々お待ちください」
「胃腸薬のことですか?薬剤師を呼んできますので少々お待ちください」
「水虫のことですか?薬剤師を呼んできますので少々お待ちください」
「軟膏のことですか?薬剤師を呼んできますので少々お待ちください」
 と言うだけだ。とりあえず俺に聞くな、レジの打ち方しか知らん。
「ここで買った錠剤が割れてたんだけど、そうすればいい」
「知るか。そんなことメーカーか配送業者に言え」
 と思いながら、ひとつも非がないのにマニュアルどおり誤る私。いいサラリーマンになれそうだ。OTL


 いつものように業務をこなし、明日の授業についていろいろと考えていると付近を虫が寄ってくるので手で追い払う。また寄ってくるので追い払う。もう夏か。最近店内ではクワガタやホタルといった都会ではレアな虫の他、カメムシや蛾といったポピュラーな虫が徘徊するようになっていた。薬局で売っているものは何も病や傷を治す薬だけではない。人外のモノを撃退する、化学兵器もそのひとつだ。「試供品」と書かれたそれは我々の大切な武器のひとつだ。ちなみに売り上げで買ったバポナ殺虫プレートは大して役に立ってない。やはり設置型の地雷よりも直接攻撃の方が確実なのだ。ちなみにいろいろ試した結果、最強の靴はニューバランスの靴(ニューバランスでなくても可)による「踏み潰し」攻撃が最強という結論に至った。この弱点は対象が足の届く場所にいなければ使えないことと、後の始末が面倒なこと、そして何より使用者が受ける肉体的、精神的苦痛だろう。
 そんな虫との一進一退の戦いが繰り広げられる中、それは起こった。客もいないのでレジから出てどんな商品が販売されているのかブラブラしていると、さっきからブチブチと虫を潰しながら歩いていることに気づく。見ると、入り口の床面の半分ほどが羽アリで埋め尽くされていた。前門の虎バポナ、しっかり守れよ、といいたくなるが、そんな即効性の強い設置型の殺虫剤はある意味怖いが。そして入り口の自動ドアのレールの窪み、そこを見て久しぶりに戦慄した。あれ?レールって黒かったっけ?いや違う、


窪みの中にいたのは虫蟲!


  一家に一台掃除機(但し業務用)起動!ブラックホールはすべてを飲み込む。素晴らしい吸引性能だ。
 だが、悪夢はまだ終わらない。その日は雨が降っていた。もっとも、その時にはもうあがっていた。ガラス面を見ればその名残であろうか、夜なのであまり見えないが水滴であろう点が確認できた。否、それは水などではない。それは



ガラス面を埋め尽くすほどの虫蟲!


 閉店時間。同僚である虫嫌いの先輩はガラス面の近くでする作業などを拒否。この日は一人で二人分の仕事をせざる終えなかった。作業をしていると足元に鈍い感触が。カナブンでも踏んでしまったかと思ていったが、その後すぐにそれが何だったのか理解できた。鼻で。「SHIT!大切なニューバランスの靴が!!これじゃ銀杏を踏ん付けてしまった時の焼き直しだ!」
 ちなみにその後「甲殻爬虫類虫」を踏んだ後、「跳躍両生類」を踏んでしまう。脊椎動物は踏むと内臓が噴出すのは簡便。


 そんな夏の始まりを感じさせる夜の出来事。だが、我々の戦いは始まったばかりなのだ。そう、昆虫類の王、氷河期を乗り切った地球外生命体Gはまだ姿を現していない。ヤツラを絶滅させることが、人類永遠の夢であり、郵政民営化よりもはるかに重要なことなのだ。というわけで頼むぞ殺虫剤メーカー、いや地球防衛軍需産業!君たちの兵器開発に人類の未来がかかっている!
 もちろん私にとってスターシップトゥルーパーズは地獄絵図だ。敵が巨大ゴッキーだったらたぶん目が腐っていただろう。