空の上でヘリの中

空の上、ヘリの中から

「ヘリコプター=危険な乗り物」それは誰しも持つ方程式。
そんなヘリの整備士になろうとする私、というよりクラスで某使用事業で飛んできました。


 世間一般から言えば、ヘリコプターは極めて危険な乗り物と思われているだろう。もはや一つの移動手段として定着した飛行機は、多少の不安はあるとはいえ乗るのを躊躇う人は減少している。一方、ライト兄弟の動力飛行からわずか二年後に初飛行したヘリコプターは、ほぼ同じ年季が入っているとはいえ、飛行機と同じ安全性を認められているとは言いがたい。これはヘリが飛行機に比べあまりにも一般的でないということ、そして墜落事故の多さ。ともかくヘリ=危険という方程式は誰しも持っているだろう。


 昼になり、雲が霞ががってきたときからどうも嫌な予感はしていたのだ。
 「11月8日にヘリに乗れる。」そう聞いたのは、まだ国家試験で忙しい時期だったはずだ。その時は国家試験で忙しく、その言葉は軽く聞き流されていた。
 ヘリコプターと言うものにどれだけの一般人が乗ったことがあるだろうか。恐らく乗ったことがある人は極々少数派だろう。ヘリコプターと言うものは移動手段としてはあまりにもナンセンスだからだ。速度、航続距離、乗り心地、あらゆる面で飛行機に劣っているのだから。内部的には燃料消費も激しく、結果的に燃料代がかさみ、運行料金も高くなるのが普通である。こんなものに普通の人は乗ろうとは思わない。
 私自身乗っては見たいが、多額の料金を払ってまで乗ろうとは思わなかった。私のハンドルにもなっているF-14に乗れ、さらに空母発着艦ができるなら100万円は安いと思うが、今回の話には関係ない。ともかく乗ったことは無かった。
 だがそこは多額の月謝を納めている専門学校、体験飛行が授業に組み込まれています。飛行機コースは飛行機に、ヘリコプターコースはヘリコプターに、それぞれ搭乗する。そしてついにこの日、私たちのクラスの番となる。
 往来に使うバスが数十分遅れるというトラブルの後、長い長い道のりの果てに空港に到着。その後、4人ずつの班に分かれ行動開始。まず私たちが案内されたのは工場整備を行う格納庫。眼前に飛び込んできたのはまず赤と白のマーキングが施されたドクターヘリ、EC-135。OH-1で見ているとはいえ、目の前1メートル程度に予想よりも意外に巨大なフェネストロンがあり、見慣れぬ姿に少し見入ってしまった。隣では県警のヘリが整備されており、「国の機体がいるから撮影禁止」というわけで一切撮影できず残念。一方話を聞く後ろでは、エンジンを囲んで整備士と外国の方が何かを話していた。本場はやはり空気が違う…。
 続いて普通の格納庫。学校とは桁違いに広い格納庫では、飛行機、ヘリ問わず整備されていた。学校でお馴染みのヒューズ369(型式は違うが)、ベル206B、AS355。そしてその他もろもろ。そして今日は運がいいことに3機しか導入されておらず、通常は山奥で作業中のAS332が2機も整備のため戻ってきていた。一機はエプロンで試運転を、もう一機は格納庫内でばらし中。馬鹿でかいAS332は迫力満点。ブレード一本の値段も迫力満点*1
 きょろきょろと見回しながら興奮しているといよいよフライトの時間。搭乗する機体は飛行機で言うセスナ172的なヘリ、ベル206B。かつてアメリカの観測ヘリの座を駆けてヒューズ369(軍ではOH-6)と競った機体である*2。結果軍ではヒューズが勝利しましたが、ベルは民間向けに販売し大好評*3。テレビなどで最もよく見るヘリなのではないだろうか。さすがに30年も飛んでいると基本設計の素晴らしいからといっても新型には勝てないので、最近はだいぶその数を減らしているはずである*4。ともかくそんな事情を持った機体に乗るわけである。
 格納庫から出て先行した班の乗った機体が戻ってくる。パイロットの巧みな操作で地上に並んでいる機体の横にぴたりと着陸。隣のヘリとの間は10メートルと無いはずだ。ヘリパイにとっては普通だろうが、初心者目から見るとすごいの一言。エプロンに並んだ機体を見ると、AS350がいれば、ベル427、430もいる。滑走路をはさんだ向こう側には水色のC-130も見える。あまりに広い空港内はこれら巨大である機体もちっぽけに見えてしまう。それは地上にいるときも感じ、空に上がってからはさらに感じるようになる。
 話すと長くなる方法で私たちの班は座席を振り分け、私はなんとかコパイ席を獲得した。ベル206Bは学校にもあるのでこの席に座るのは初めてではない。が、隣には本物のパイロットがいて、この機は今飛ぶためにエンジンを動かしている。シートベルトを装着し、離陸準備完了。そして、学校では聞きなれないブレードの力強い風きり音。そして、機体は静かに大地から足が離れ、離陸許可をもらうため誘導路の途中でホバリングした。先生はヘリの乗り心地をゴンドラと表現していた。まさにそのとおりである。ローターというものに胴体がぶら下がったもの、それがヘリコプターである。唯一違うのはゴンドラが決まった道を往復するのに対し、こっちは道が無い。飛行機とは違う独自の浮遊感は、不気味と言うより不思議だった。ヘリは垂直に離着陸するため足元も見えるようになっている。そのため下を向けば地面が見える。ビルの二階から見下ろしたのとはまるで違う気分。機体が細かに前後左右に揺れているからだろうか。ともかく「重力と戦っている」という感じが特に感じられた。パイロットが無線機を操作(通信をグランドからタワーに切り替えた?)し、いよいよ出発。機体が前傾し加速開始。三菱の工場*5横を通過し上昇。速度計、昇降計、高度計の指針が振れていく。授業で指針が振れるのはエンジン回転系といったエンジン計器といったものだけで、航法計器は動くはずも無い。こうやって本当に動いているものを見ると、頭の中でいままで授業を思い出し必死に原理を思い出す自分がいる。機体は上昇を終え、高度1500フィート(約500m)となった。このときから当時はメガピクセル携帯と謳っていた携帯の内臓カメラも今では大したものではない。が、それしかカメラの無い私は、これでこの状況を記録し続けるしかなかった。しかし、意外にも保存された写真は20枚程度と私にしては少なめ。風景見るのでいっぱいいっぱいでした。この日は薄曇で視界不良。満天の青空だと飛んでいて気持ちよかっただろうが、白い空と言うのも珍しいもの。そんな白いカーテン越しに見る地上は、とても小さく見えた。これは視覚的ではない、感傷的にである。細かい説明はあえて省きます。
 30度バンクや45度バンクと言う旅客機では絶対にできない(というより禁止事項)を体感し、いよいよ着陸態勢。下から見た空港はとてつもなく広く見えるが、上から見ると「あんな狭いところに着陸するの?」という気分になってくる。乱立するビルの中に忽然と現れる空港はなんとも不思議な感じだ。静かに誘導路上に侵入し、そのままホバリング。ヘリって滑走路上で減速しないのだろうか…。ともかく例によって例のごとくエプロンに並べられた機体の横に綺麗に横付けし着陸。こうして10分程度の短いフライトは終わりを告げた。
 さすがにこの短時間でヘリの何かが分かると言うことは無い。が、飛行機とは違う飛行感は素直に感動した。今日の日記にやたら"不思議"など抽象的な言葉が多いのは本当に適切な言葉が見つからなかったためである。それぐらい不思議な一日でした。


 そしてその帰り道。再びバスに揺られ、長い長い道を進んでいく。そのとき私は、放心したかのように空を眺めていた。それは決して感動を引きずっているためではない。赤くは無く青い顔をし、一人エチケット袋を探してた。人生20年。いまだ車(特にバス)に酔う体質は変わっていない。

*1:何百万で買えないらしい

*2:もう一機いますが気にしない

*3:ちなみにヒューズが民間で売れなかったわけではない

*4:詳細不明

*5:F-15やF-4、H-60シリーズが整備中でした。上から見えるとプラモデルのよう