エンジンを巡る冒険

隊によって呼び方は違うが、自衛隊には、本部当直というものがある。正式名称は知らないが、当直の日に自分の隊の本部に何人か派出し、その日その隊の窓口をする。来隊者の受付、航空機の飛行情報の管理、電報の接受など、内容は口外できないものが多い。
忙しいときはてんてこ舞いだが、ある時突然暇になるときもある。


そんなある日のこと。その日は私の他に、士官と海曹の三人で勤務していた。
なんとか仕事を片付け手の空いた私たちは、束の間の休息を得ていた。

「なんでXP-1って四発なんでしょうね」

ふと海曹が士官に尋ねた。
XP-1とは、海上自衛隊P-3Cに変わる哨戒機として配備を進めている新型機だ。航空自衛隊の新型輸送機C-Xと共に開発され、胴体構造やエンジンなどに互換性をもっている。
確かに今のご時世に四発というのは珍しい。今や双発が主流だからだ。
理由はいろいろあるが、一つがエンジンの信頼性の向上である。エンジンを多く積むのは、それだけの推力が欲しいということと同時に、万一エンジンが停止した時の安全性を考慮してだ。分かり易いのが旅客機だ。現在運行されている旅客機のほとんどが双発だが、その前までは三発や四発が主流だった。旅客機は安全第一なので、万一エンジンが全部停止して墜落などあってはならない。なので双発以上の多発機は、エンジンが一つでも動いていれば航行できるように作られている*1。だが、戦後できたばかりのジェットエンジンをなんとか使っていた昔と違い、今は技術的にも高い完成度をもち、整備技術も向上した結果、滅多なことではエンジンが壊れることはない。そのためエンジン一基あたりの推力向上により3つも4つもいらなくなった今、双発でも問題がなくなっている。

しかし、旅客機の代名詞のB-747や、エアバスの超大型旅客機A-380は四発である。B-747は設計が古いということもあり、A-380はあの巨体ゆえに推力が必要だということもある。だが、運行する側としては、エンジンの信頼性が上がった今でも、四発を使いたい理由はある。両機の目的は長距離飛行を目的とする。双発機は短距離、中距離を飛び、日本では主に国内を飛んでいる。万一エンジンが止まれば万全を期して着陸するが、これが国内であればどこかしらに着陸できるが、長距離飛行中はそうは言っていられない。例えば太平洋の真ん中でエンジンが止まったら、どこに着陸すればいいのか。旅客機は最悪エンジンが全て止まっても、ある程度滑空できる性能はもっている。だが、ある程度である。エンジンが一発止まったからと言って、着陸するわけにはいかない。いくらエンジンの安全性を考えても、万一の事態は起こる。そんなとき、「あと一発しかない」となるか「あと三発つある」と考えるかである。乗る側も運行する側も、海上や長距離を飛ぶ航空機には、エンジンは多いに越したことはないのだ。旅客機も海に着水となれば、乗客乗員にそれなりの被害がでることは明らかだ。



P-3Cを使っているのは何も日本だけではない。アメリカもだ。アメリカも旧式化したP-3Cの後継機を開発中だが、意外にもB-737ベース、すなわち双発である。詳しいことは分からないが実はエンジンの多発化はメリットだけではない。多くのデメリットを生む。今や燃料価格高騰で苦しんでいる家庭も多いが、一番苦しんでいるのは燃料が無ければ商売にならない人達、今回は航空業界だ。当然エンジンが多くなれば、その分燃料を消費する。エンジンが増えれば重量も増える。もちろん燃費は悪くなる。今や航空業界は火の車だ。各メーカーも燃費のいい航空機やエンジンの開発に躍起になっている。無論燃料に困っているのは軍隊も同じで、自衛隊も少ない燃料をなんとか節約して使っているのが現状だ。普段でも四発のP-3Cは飛行中エンジンを一発止めるなどして、燃費向上につとめていたが、最近ではそれも悪あがきでしかない。
燃料の問題だけではない。エンジンが増えれば整備も大変である。整備の手間がかかり、時にはトラブルの見落としにも繋がる。航空機のパーツは定期的に交換されるが、エンジンが増えればその分手間もかかり、コストがかさむ。エンジンを増やせば増やすほど、確率論でいえばその航空機のトラブル確率が高くなる。*2
だから、コストを考えるとエンジンを増やしたくないのだ。特にとばっちりを食らうのは我々整備士である。
だからコストを考えれば、必要以上にエンジンを増やさないのが現状だ。

「エンジンは国産だろ」
士官は口を開く。
「国産のエンジンはまだ推力が低い。XP-1のような大型を飛ばすにはそのぐらい必要なんだろう。まあP-3が四発だからそれに配慮したのかもしれん」
士官はパイロットだ。やはり四発あると安心できるそうだ。

「だが、1から作ったエンジン。製造だけじゃなくて開発にも莫大な金がかかっている。XP-1、C-Xだって大量に量産しない。それだと採算がとれないかもしれない。だからP-Xだけでも四発にすれば利益は二倍。もしかするとこんな理由があるのかもな」

決して嫌らしい意味ではない。日本の航空産業はまだ遅れている。ゼロ戦の三菱、疾風の川崎、二式大艇新明和。かつての航空機メーカーもかつての輝きを失っている。日本の航空機は決して優秀ではない。売れないものは作らない。それは世界の空をみれば分かる。だからせめて国が買ってやらねば産業が育たない。
しかし、あのホンダが新鮮な発想で航空機を作り、世界に売れる航空機として成功しつつある。車のエンジン屋が、売れる飛行機を作ってしまったのだ。これには日本の航空機メーカーも見習って欲しい。

かつて航空自衛隊が国産輸送機C-1を配備したが、その後すぐにアメリカ産のC-130を導入を始めた。C-1関係者は、どういう眼差しでそれを見ていただろうか。
日本が国際援助を行う際、向かうのはアメリカ産のC-130だ。日の丸をつけた国産機を見るのは、日本人だけだということが、日本の航空産業の現実を物語っている。

間もなくXP-1の実用試験が始まる。

P-3Cはよくできた飛行機だ。それを越えられるだろうか」

海曹が最後にそう語る。
海の向こうでも、アメリカ製の新型哨戒機の開発が進む。
かつてP-3の配備が決まった時、その裏では国産哨戒機の準備が着々と進められていたが、政治により闇に葬られた。今度は実用試験までこぎつけた。日本の実力が試される時だ。


と、ヘリコプター整備士が他人事として語ってみました。てか、海自のXP-1にかける情熱(金)はかなりのもの。ヘリにも少しでいいから分けて欲しい。某新型ヘリの時もそうだったのかというと、そうでもなく、現場の情熱(愛)で乗り切ったらしい。ちなみにP-3の整備士とヘリの整備士は、仲が物凄く悪いです。なにがかと言うと(この記事は削除されました)。



以上、やっぱり携帯から。退院は金曜日になりそうだ。

*1:もちろん巡航速度は落ち、離着陸も難しくなるが

*2:例えば一回飛ぶと5%の確率でトラブルを起こすエンジンがあったとすると、双発で10%、四発で20%の確率でトラブルとなる