ゼロからのスタート

「よお、白いな!」
 部隊に戻って、日に焼けたみんなからの第一声。ああ、戻ってきたんだな。
「ああそうだ。手続き終わってないから当分外出できないぞ、あと夏休みなし」
 サーイエッサー!

 入院生活を終え、再び監獄の中へ。滑走路からはP-3が飛び立ち、頭上ではヘリがアプローチのため旋回している。そして部隊の格納庫についた時、いつも整備している機体たちが、変わらぬ姿で迎えてくれた。
 部隊に戻れば例外なく忙しいわけで、挨拶もする暇なく走りまわる。暇を見つければ溜まった書類を片付け、隊員の手続きだってやらなきゃならん。フライトスケジュール変更に伴うゴタゴタや、整備計画にかかわるゴタゴタや、人事のゴタゴタなど、とにかくバタバタしてた。
 なんとか課業止めのベルが鳴る。あっという間に一日が過ぎていた。

 体の異常に気付いたのはそのころだった。やけに体がだるい。つらい訓練の後のようだ。なぜだろう?なんでこんなにもだるい?
「お前が思っている以上、お前の体は衰えている」
 そう言ったのは直属の上司である先輩。確かにそうなのかもしれない。まさか立って歩くだけでここまで疲れるとは…。格納庫から宿舎までの道が遠い。足が重い…。


 重い足を引きずり、体は自然と愛車のもとへ。あの時のままの黄色い輝き。触れるとざらついた感触。降り積もった砂が、乗れなかった日々の時間を刻んでいる。久しぶりかつ既に疲れきった体。ビンディングペダルをはめるのに若干の戸惑い。大丈夫、いける。乾いた音をあげ、ペダルと靴が固定される。ペダルを踏むと自転車は前へと押し出され、サイクルコンピューターが計測を始めた。不思議なことに、懐かしさも何も感じなかった。息をしたり、歩いたりするぐらい、もう自分の中で当たり前の感覚だからか。半月前と同じように進みだす自転車。けど、体は半月前のようには動かなかった。
 一瞬で高まる心拍。心拍は上がったまま下がらない。足が、ペダルが重い。わずかな向かい風でケイデンスは落ちていく。やむなくギアを落とそうとSTIのレバーを倒そうとしたが、STIレバーは動かない。もう、一番軽いギアだったのだ。たった半月、自転車に乗らなかっただけでコレ?いやただ乗らなかったわけじゃない。立つことも歩くことも滅多にない生活。足に一切の刺激がなく、みるみる衰えたのだろう。ケイデンスが落ち、速度が落ちていく。ペダルが回らない、回ってくれない。
 悔しかった。自転車に乗っていて、こんな感情になったのは初めてかもしれない。何が悔しいのか分らない。ただがむしゃらにペダルを回す。一瞬の加速、速度と心拍数が跳ね上がる。速度は落ちるが、心拍数は落ちない。ギアを上げれない。ロー側3枚が限界だ。まだ、トップ側に7枚も残っている。
 いつものコースが長く感じる。いつもは「もう4周か」というぐらいなのに、今日は「まだ半周だ…」である。いつもはダンシングで登り切る坂を、ゆっくりと登っていく。いつもは限界までもがくストレートを、力なく進む。疲れた…もう帰りたい…。
 やっと一周を終えた。平均速度はなんとか20キロを超えることができた。ベストな時と比べると10キロの差。今日は風も弱い。環境が悪いのではない。
 とりあえず一旦自転車を止め、呼吸を整える。すでに足の筋肉はパンパンに張っていた。もう今日はやめた方がいいのかもしれない。そうだ、病み上がりだしここは帰って体の手入れをした方がいい。そんな考えが脳裏をよぎった。
 サイクルコンピューターが、この日の走行状況を冷酷にも見せつける。しょうがないだろ、半月も入院してたんだ。
 しょうがない?何がしょうがないんだ。こいつはもっと速く走れる。いや走りたがってる。まだ走れないわけじゃない。限界まで、ペダルを回そう。
 二週目、平均速度22キロ。疲れているのにもかかわらずペースは上がる。さらに踏み込む。ペダルの回し方もだんだん思い出してきた。3週目に入る。ギを重くするとすぐに心拍が上がる、仕方なくケイデンスを上げて進む。吹き付ける向かい風、下ハンを握りしめる。足ももう限界だ。筋肉が悲鳴を上げる。けど、ペダルは止まらない。ただ辛かった。けど楽しかった。
 平均速度23キロ。3週目の成績だ。決して誇れるものじゃない。けど、やり遂げた感はある。さすがにもう限界だ。ペダルを踏む足の力を弱めた。
 半月ぶりの走行。分ったことは体力の大幅な低下。そしてもう一つわかったこと。早急なる体力の回復。肉体労働の自衛隊だと体力の低下は仕事にも影響が出る。これはホントに気合い入れてペダルを回さなくちゃいけない。明日も、明後日も、ペダルを回す。待ってろ半月前の自分。すぐに追い抜いてやる!



 というほど劇的なことは起こらず、一週目は「あ〜かったり〜」、二週目「お、この感じは…」、三週目「ランナーズハーイ!」でした。四周目は「もう消灯じゃん、帰らなきゃ」というわけで断念。実際疲れてたし。ちなみに一週目と二週目の記録の違いは音楽の有無が原因と思われ。
 いや〜楽しかった。やっぱいいね、自転車は。本日から二つニューアイテムが導入されてます。入院前に買ったきり、お蔵入りになってたものです。

 まずヘッドライトのHL-EL520。HL-EL500から買い替えで、売り文句どおり明るさ1.5倍(目測)。配光パターンもHL-EL500の「何のマーク?」よりも素直で使いやすい。EL500だとちょっと心配だった道も、これなら大丈夫そうだ。
 もう一つはAGUの指だしグローブ。前使ってたBBBの指だしグローブはグリップゼロどころか逆に滑って嫌だったので、グリップ性があるかつクッション性がいいものを購入。結果は及第点。こんなもんだろう。
 冒頭書いたとおり当分外出できないんで、いろいろパーツ買ってきたいけどできない…。フレーム磨いて我慢するか…。


 それにしても、やっぱパソコンってイイネ!